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2011年5月19日木曜日

あなたがたの中におられるキリスト

時がついに満ちて、この時のみこころが実行に移され、・・・いっさいのものが、キリストにあって一つに集められる・・・(新約聖書 エペソ1:10)

エレミヤ書のその部分(エレミヤ31:31~34)は今やキリストにあって実現を見ています。主が言われた新しい契約は全然違ったものとなるということでした。つまり主がイスラエルをエジプトから脱出させた時に、イスラエルと結ばれた契約によるのでなく、イスラエル人自身の内に、その彼らの心のうちに書き込まれたものであるということです。
私たちは主イエス様ご自身が、あらゆる契約条項を体現化したものであることを知っています。そしてその契約は主御自身の血で証印が押されているのです。「あなたがたの中におられるキリスト」とはその契約がふくむものは全部心の内側のもの、内側の力となり、神様が心の内側に啓示されるものとなっています。「キリストがあなたがたの内に住んでいる」と使徒は言いました。そして神様が啓示することを喜ばれた奥義とは「あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望み」です。

一つの大局的かつすべてのものを体現化した真理があります。その真理はもし本当に私たちの心の完全な統率を獲得し私たちのすべての考えを支配したならば、つまり意志や感情や精神をとりこにしたらならば、本当にすべてのものを変えることでしょう。それはちょうど新しい契約が古い契約からの大転換であることを示すようなものです。

すべてのものを体現化する偉大な真理はこれです。すなわち、神様はキリストでないものは何ものも残さないと決意されており、今その目的に向かって働いておられます。それは一方ではキリストでないすべてのものをこの世界から除去するためであり、他方ではキリストであるもので全宇宙を満たすためであります。そのことは神様がキリストでないものはたとえどんなものでも受け入れられないかあるいは認められないことを意味しています。

しかし反面、キリストであるものには、ご自身のものである証拠の印を押されることを意味しています。そしてすべてはキリストの基準次第です。そのことが本当に私たちの心に力となるときとは大変なことです。その力をそのことはまさしく表しています。それは神様が私たちを扱われる一切を説明します。それは私たちの様々な問題にとっての鍵であります。それはただちに私たちが神様ご自身の目的というハイウエーに置かれることであります。

(今日の箇所は Christ in Youの抜粋引用訳です。原文はhttp://www.austin-sparks.net/english/openwindows/003188.htmlです。短文ではありますが、訳はきわめて私には難しく、歯が立ちませんでした。)

2011年3月15日火曜日

御子に求めよう

神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ(新約聖書 コロサイ1:19)

私がこれから申し上げることは、言うことも難しいことですが、皆さんには受け入れがたいことかもしれません。しかしこのようなことどもはどうしても言わなければなりません。このことを考えると一日大きな驚きがあることでしょう。

主の働きや主の力には途方もない活力、活動、機構、熱意がみなぎっています。それは全く大きなものを生み出し、全く豊富なものをもたらすようにみえます。そのことは私たちが裁断することでなく、私たちは原理を放棄し認識することであり、いやむしろ神によって定められている原理を認識することです。

最終的にあらゆる働き、あらゆる奉仕、あらゆる活動がバランスよく考えられ、いつまでも続くものかそれとも消え去るものかを決める時、単に神のための人の力であったものは全てなくなることでしょう。主のために単に人が企てたに過ぎないこともすべて消え去ります。また人自身から出て来るいかなるやり方であっても、それがたとえ神様に仕えることであったとしても、そのすべてもまた消え去ることでしょう。

キリストの活力、キリストの英知、キリストの力であったものだけが残るのです。神様はあなたの力や私の力を必要とはされません。そうではなく神様が求めておられるのは私たちがキリストの力を用いるということです。神様はご自身のしるしを人から出るいかなるものの上にも置くことができないのであります。

神様のしるしはただ御子から出るものにのみあらわれます。私たちは事柄が大きく広がりを持ち、神のための大きな働きのようにみえ、必ずそうであるからという理由でそう言うのではいけません。私たちが全き確信を持たなければならないことは、その事柄は人の勢いや組織や機構の力や神のためにする人間の熱情や活力によってもまた計画によっても実現されないということです。そうではなく、そのことは、聖霊によって力に満たされることであり、いのちであり力であるキリストご自身であるということです。

人間の性質からすると活力やこの種の全ての事柄が機動力であり、私たちは終わりには消えてゆくものがたくさんあることを確信するでしょう。そのことは神をあらわすと主張した事柄の歴史を振り返ると、明らかになるでしょう。

このことを言う目的は何かにちょっと疑惑の雲や疑問を投げかけることにあるのではなく、この真理、基礎的な真理を強調することにあります。最終的にこの世界にはキリストであること以外の何物も残りません。だから私たちは神の究極的な計画はキリストと結びつけられていて、キリストの内にあり、それがキリストであると認めねばならないのであります。

(今日の記事も Christ in You の抜粋引用訳です。原文はhttp://www.austin-sparks.net/english/openwindows/003074.htmlです。訳の怪しげなところがたくさんあります。一方でとどまることを知らない東北関東大震災の被害の惨状に心を痛め、考えることが宙を舞いそうな時に、みことばの真理があることだけが私たちの希望です。友人は東北の知人に「私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは人の手によらない、天にある永遠の家です。」2コリント5:1を励ましのみことばとして贈ったそうです。今日のベックさんの火曜の学びでは、56年前に那珂湊で用意されたメッセージが引き続いて語られました。この日曜日には大洗で集いが持たれる予定でしたが、震災のためにできませんでした。ベックさんの引用聖句はローマ8:18、ヘブル1:2、2:5~11、3:1、7~8、12:5~6、黙示録12:5などでした。毅然として主イエス様の恵み・支配が微動だにすることなく語られました。同胞の方々に様々な人の思いを越えて支配権を持っておられる唯一のいのちの与え主である、まことの主イエス・キリスト様を知っていただきたい思いで一杯になりました。)